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2007/02/27 中国に住む日本人からの春節便り
吉林省延吉市で日本語の先生として暮らす日本人男性から、人民網に春節休日の便りが届いた。

今年で中国延吉での生活も三年目になった。

こちらで春節を過ごすのは初めて。学校は16日(金)から25日(日)まで10日間が休みだった。休み中、深酒はしないこと、中国語の勉強はすること、東アジアの政治、経済関係の記事を読むことを決める。

16日は学校内ホールで行われた韓国から教育学院理事長を招いての講演会の準備と参加。韓国その他で1500の学校を経営する人の講演。朝鮮語なので何を話しているのかわからないが聴衆を講演に引き込み、笑わせと、巧みな人物だった。

17日は学校の当直。当直の帰りに風呂屋に行く。若者が父親らしき年配の背を流している光景をあちこちに見る。普段は見かけない風景だ。子供が春節で帰ってきているのだろう。この日の夜の花火はうわさに聞いていたが凄かった。日本でいう大晦日。下宿の50メート隣がホテルで、そこが打ち上げる花火も含め、午後11 時過ぎになると激しくにぎやかにボンボンバンバン鳴るものだから、じっとしておれなくなってデジカメをもって飛び出し1時間あまり眺めていた。夜景に花火がとても綺麗でした。薄着で飛び出したものだから風邪を引いてしまいました。

18日は学生の親戚訪問と足按摩。学生の伯母さんに当たる人の話が勉強にもなり、元気ももらった。6人姉妹の末っ子で、貧しかったので靴はいつも姉のお古で大きく、新しいのを買ってもらったときは凄くうれしかったこと。若くしてタクシーの運転手の仕事につき、100万円余りの大金を持って、友人は躊躇(ちゅうちょ)する中で「自分はこれまで学問の機会が少なかったが、60年くらい中国より進んでいる日本にいく事が、大学で勉強するのと同じくらい勉強になる」と考え日本へ行くことを選んだこと。日本入国後すぐ車を買い、結婚紹介の仕事で年間40人もの縁を結んだこと。一人娘の事が心配で、帰国したこと。按摩の仕事以外に大連に事務所を持っていることなどを話してくれた。並の人間ではない。生きる力が強く、兵者(つわもの)だった。大変な苦労をしながらも明るく屈託のないのがいい。按摩は店で一番上手な男性をあてがってくれたらしく快適だった(90分40元)。

19日。今月26日に北京からコペンハーゲンの大学に留学する卒業生(21歳)と激励の食事。観光経営学を学びアメリカで旅行会社を経営したいと眼を輝かす。授業料が年間150万円というからここも日本の私学並みに高い。中国でこれだけのお金を準備するのは大変なことだ。

日本語は1級を2回も合格しているので大変上手だが、英語は私の中国語より少し上くらい。「借金を返すのと学費・生活費を稼ぐためにアルバイトをしなくっちゃ、でも英語でアルバイトをしなくては」という顔に暗さは無い。アルバイトに追われ身体を壊さないで過ごすこと、無事に卒業して羽ばたくことを願った。

20日、体が少しだるい。学校に当直の校長を訪問。休暇明けのことを相談。帰りに風邪薬を買う。

21日は田舎に帰っていた学生が鶏と白菜1株のキムチをもって11時過ぎに同僚の先生と下宿に来る。「先生とり好きですか」と聞くので何でも食べると返事をしていたが、ナイロン袋を開けると生きた鶏が一羽。まさか生きた鶏が、びっくりした。同僚の先生が慣れた手つきで風呂場で熱湯をかけて羽毛をむしりさばく。鶏鍋完成1時半。昔子供のころ庭で逃げ回る鶏を捕まえてさばくのを見たことがあるが、およそ50年ぶりに潰したて鶏肉をご馳走になった。大変おいしかった。でも体がだるい。夕刻客が帰ると即ベッドにもぐりこむ。

22日発熱37・8度。23日・24日ごろごろ寝床。

25日休暇最後の日、若者(28歳)に強烈なパンチをもらった。

熱も下がり元気回復。風呂屋に行って気分転換。午後、同宿者の同窓、友人で日本の大学を今春卒業する若者が来訪した。中国の大学工学部を卒業後、2年間働き2004年に日本の大学別科に留学、今春卒業予定。就職は日本の工作機械メーカーに内定。4月より出勤するという28歳の若者。日本で日本語能力試験1級に合格。日本語は大変上手だ。インターネットで調べるとこの会社は光学ガラスの研磨やNC旋盤では世界でもトップクラスの技術を持っているようだ。話を聞いていると本人の日本語能力と熱意、10数年後にこの種のハイレベル工作機械を使う時代が来る中国市場を睨んでの採用のようだ。「面接の時にほかに数人の日本人の就職希望者もいたが中国人の私が採用されました」「部長から”君に期待している”と家に電話がかかってきました」と胸を張った。

苦労したでしょうと聞くと「留学前は語学も”あいうえおくらい”だったから日本では苦労しました」「勉強とアルバイトで15キロやせました」「必死でした」と腰周りを撫でた。

「それでも3カ月、6カ月、1年と積み重ねて。もう3年ですから」。「アルバイトも時給は大都市より安いが、長く勤めていると新しく来た日本人よりも楽して高い給料を貰いました」「授業料が70万円で二年間は奨学金年60万円を貰っていましたから何とかやっていけました」と自信に溢れている。

「先生はこちらでどれくらいですか」と聞いてきた。「来たっ!」と思った。最近2年過ぎてからだんだん自分が恥ずかしくなってきている。生徒からも「先生はどうしていつまでも中国語が・・・って」とからかわれ、最初は「君達に日本語で教えているからだ!先生の中国語が上達しないのは君達の責任だ!」と悪ふざけをしていたが最近はこれを口に出来ない。「これではだめだ。やはり勉強しなくては」と思い1年半ぶりに勉強を再会しているところだった。「今年で三年目です」と冗談半分に頭を床に伏せるしぐさをした。「中国語で話さないとダメです」「 知っている単語で話さないと」「話せばだんだんうまくなります」「通勤はどうしてるのですか」と彼。

私「歩いて5分くらいですから」、彼「バスなら乗ってる人や車掌に話すとか、とにかく話さないとダメです」。彼は続ける「日本語能力試験の合格者でも、文字語彙や文法は良くても会話やヒアリング、文章理解力が駄目な人が多いです。だから私は必死で勉強して、実践的にも外で誰か日本人の顔を見たら話しかけました。先生もそうしないとダメです」。

「ダメ」、「ダメ」と、ダメが続く。参った参った!これは私が学校でいつも生徒に何度も何度も口をすっぱくして話している「言葉」なのだ。「私は日本語が話せて理解できる中国人だから採用されたんでしょう!先生」。もうこの若者のあふれる迫力に圧倒されっぱなしだ。「買い物はどうしてるんですか。市場に人とかに話さないんですか?」。「その程度のことだけは何とかしている」と私。「それならまだいいです」とやっと許してくれた。

次は彼の友人である同居人との対話。

「俺も日本に行きたいと思っている」と友人は言うが、彼は「今頃からじゃ遅い。」

私が「冷たいことを言わずに希望を与えなさい」と口を挟むと「いいえ先生!ちがうんです」「遅くなって日本に行って卒業したら30歳を超えるぞ。誰が雇う?」「二年前から日本から資料も送って”来い来い”と何度もといってきたんです。でもこいつはまだこんな床に座ってる!」「でも彼の人生ですから」「選んだのは彼ですから」と止(とど)めを刺した。

自信に溢れ、きつい表現もするが、少しもいやみが無くて眼が輝き、真剣に話すが冷静で精悍な若者だった。頼もしさを感じさせる若者だった。日本での苦労もこの若者に自信と新たな挑戦への意欲を与えたのだろう。パソコンゲームにあける同宿の若者二人が子供のように見えた。

「日本へ帰ったら先生にメールします」と同宿の若者と飲み屋に出かけた。15年後が楽しみな青年だった。

この日は私もこの若者に大きな刺激を与えられた。風邪を引いたが充実した休日だった。明日から授業再開! 皆さん御元気で!!

春節休暇最終日 2007・2・25

「人民網日本語版」
2007/02/20 在日中国人、多忙な勤務の春節
華僑・華人の多い横浜や神戸を除くと、日本には春節(旧正月)のムードがほとんどなく、旧暦正月2日の月曜日も現地の中国人は通常通りに出勤している。いくつかの中国系企業を取材した。
ホテルニューオータニに近い赤坂には、中国銀行東京支店の自社ビルがある。阮聖林・総経理によると、同支店は日本銀行の直接の清算銀 行31行の1つで、上位10行に入る。今年は新たに国内外の連動を実現し、グループ全体として強みを発揮する計画だ。最近展開した事業には、ロイヤル・バ ンク・オブ・スコットランドとの協力、厦門(アモイ)航空公司のリース業務への融資などがある。
外務省に近い虎ノ門には「Air China」というオフィスビルがある。中国国際航空公司東京営業部の顧洪彬・総経理によると、昨年10月以降、北京・上海発の東京便がそれぞれ1日1便 増加され、中国発の東京便は週46便となった。同社は東京―北京便で最多・最大のシェアを誇る。昨年東京を経由した同社の乗客は前年比12.1%増の65 万8千人、同貨物は同14.1%増の7890トンに達した。同社は旅客輸送量30%増を今年の目標の1つとしている。
中国国家観光局の駐日事務所も同ビル内にある。張西龍・首席代表は旧暦元旦に栃木県日光市で「中国春節観光民間交流活動」に参加し た。中国の28省(直轄市・自治区)の観光関係者約100人が、近く日本の東北地方を訪問して観光資源を視察するほか、仙台市で中日観光交流国際シンポジ ウムを開催する予定だ。春節のあり方は多様で、海外の中国人が奏でる多忙な勤務のアップテンポも、迎春交響曲の感動的な楽章の1つなのだ。(編集NA)

「人民網日本語版」
2007/02/13 中国の春節、儀式重視から文化重視へと変貌
春節(旧正月)を間近に控えて、一部の研究者たちは、現代文明の波が押し寄せている中で、古来の風俗習慣を重んじる儀式をそのシンボルとする「お正月の風 情」は次第に変化し、まったく新しい「春節文化」ともいうべきものになりつつあり、かつそれが広く受け入れられるようになったと考えている。新華社のウェ ブサイト「新華網」が専門家らのコメントを伝えた。

▽中国民俗学会の劉魁立会長

春節は自然の摂理を反映する節目の日(節句)で、人々はこの日に旧年に別れを告げ、新年を迎える。昔は、春節は皇帝から民衆にいたる国民全体の盛大な祭りの日であり、神を祭り、祖先を祭り、お年寄りを敬い、親戚を訪問し、提灯をともして行進するなどが主な内容だった。

時間の推移とともに、春節の民俗およびその内包文化が重要な変化を起こす。その一つは、現実の社会関係を重視する傾向が強まったことだ。現代人の交際範囲の拡大や人事関係の複雑化につれて、友人、同僚、上司・部下間など社会関係の連係が春節の重要な内容となった。

春節文化が内包するもののもう一つの大きな変化は、古来の礼儀・祭典を中心とするものから今日のレジャーや娯楽が主となったこと。た とえば、爆竹を鳴らし、「春聯」(春節に玄関に飾るめでたい対句)を貼るなど、本来は邪気を払う意味を持つ風俗習慣も、今では娯楽の様式となってしまっ た。

▽政治協商会議全国委員会の李漢秋委員

神や祖先を祭る、餅をつく、提灯をともすなどの春節のシンボル的な風俗習慣や儀式は、農耕社会の物質への要求を体現している。今日の 人々が春節に惹き付けられるのは、もはや食事や物ではなく、貴重な精神面での雰囲気だ。一家揃っての団欒(だんらん)で情愛を深め、歌を歌い楽しく歓談 し、親戚・友人を訪ねて親交を温める――今あるこのような独特の民間の気風や風俗は、(過去にあった物質的意味合いを失い)精神的雰囲気だけが残された儀 式だといえる。(編集YS)

「人民網日本語版」
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